多田野数人 ビデオ出演スキャンダルの真相

目次

多田野数人 ビデオ出演スキャンダルの真相

 

六大学野球のエース・多田野数人はドラフト会議で指名がかからなかった。理由とはなんだったのか。

 

将来を嘱望された選手

 

多田野数人

1980年4月25日生まれ
東京都墨田区出身
身長181 cm

独特のフォームから繰り出させる140キロ台中盤の速球に、 キレのあるスライダー、フォーク、チェンジアップで打ち取る本格派右腕。

 

高校時代は3年次に千葉県の八千代松陰高校のエースとして、チームを甲子園に導いた。

 

 

高校卒業後、立教大学に入学。

大学時代には松坂世代の1人として和田毅、一場靖弘らと投げ合い、
大学通算56試合で
20勝16敗、防御率1.51、奪三振334(通算5位)の成績を残す。

 

 

スキャンダル

東京六大学野球リーグ屈指の右腕投手と高く評価され、プロ野球ドラフト会議での上位指名は確実と見られていたが、
スキャンダルにより日本球界での指名を受けることなく渡米。

 

 

週刊現代が多田野の◯◯ビデオ出演疑惑を掲載。

当時ドラフトの目玉候補だった多田野を横浜ベイスターズが指名するはずが、
この一件が報道されたことでイメージダウンを避けるため、多田野を指名しなかった。

 

アメリカでプレー

渡米してマイナーリーグでプレーする。
マイナーリーグ時代はジャンクフードと水で空腹を紛らわし、英会話習得と節約のため通訳を遠慮するなど辛酸を舐めたが見事メジャー昇格、
超遅球イーファスピッチをモノにする。

CCサバシア、クリフ・リーというメジャーを代表するサウスポー2人と共に先発ローテーションを組んだ。

イーファスピッチ…山なりの軌道と驚異的な遅さが特徴の魔球

 

 

 

釈明

地元紙がビデオ出演疑惑を報じ、アメリカでも隠されていた過去が露わになることになった。

 
多田野は記者会見で、

「大学時代に(そのような)ビデオに出たことがあり、今はとても後悔しています。
当時は若くお金が必要でした。たった一度の過ちであり二度と同じ間違いはしません」

「僕はゲイではありません。これだけははっきりと真実を伝えたかった」
と説明した。

 
この釈明を経て多田野はチームメートに受け入れられ、アメリカで野球をプレーし続ける道を得ることになった。

 

 
日本球界復帰

2007年の大学生・社会人ドラフトにおいて、北海道日本ハムファイターズが多田野をドラフト1巡目指名し契約。

メジャー帰りの秘密兵器・大型新人として、鳴り物入りでファイターズの一員となった。

よかったらシェアしてね!
URLをコピーする
URLをコピーしました!

オススメ

株・スイングトレードで月10万円稼ぐ技術: 〜7年常勝の損しないルール

12万人が学んだ 投資1年目の教科書

カテゴリー 一覧

目次
閉じる